人格変化を起こす病気と戦争と意思決定

最近国際社会を大きく揺るがせている東欧の戦争に関して、その当事者が脳の病気じゃないかというニュースを見て、人格を変えてしまうような病気にはどんなものがあるのか、気になったので調べてみました。

 

医師国家試験風クイズ

 

以前の投稿で医師免許について調べた際に、医師国家試験はどんな問題なのか確認しましたので、折角なので戯れにそれを真似たクイズを作ってみました。解答は本投稿の最後で。

注)もちろん専門家ではないので、問題及び解答が不適切である可能性があります。

vanitiger.hatenablog.com

 

【問1】

69歳男性。大統領。最近攻撃的な発言や合理的ではない行動が目立つようになり、心配した部下に連れられて来院した。部下は患者の性格がここ数年で大きく変わり、最近は特定の話題に執着するようになってきたと言っている。患者はあまり診察に乗り気ではない。疾患の鑑別に有用ではないと思われる質問は次のうちどれか。

  1. 「最近よく眠れていますか。」
  2. 「最近の自分の行動や考えは誰かに支配されている気がしますか。」
  3. 「今どんな薬を飲まれていますか。」
  4. 「タバコはどれほどの頻度で吸われていますか。」
  5. 「お酒はどれほどの頻度で飲まれますか。」

 

【問2】

患者は入室時、右足を引きずるように歩いていた。この患者の診察時にみられるとは最も考えにくいものは次のうちどれか。

  1. 問診票を確認したところ、下に進むにつれて患者の文字が小さくなっていた。
  2. 徒手で患者の腕を動かすことが困難だった。
  3. 患者の手足が小刻みに震えていた。
  4. 患者の顔面が高頻度で引きつっていた。
  5. 診察後、患者が立ち上がった際にふらついた。

 

【問3】

この患者に脳血流SPECTを実施したところ、後頭葉の血流が有意に低下していた。また、ドパミントランスポーターSPECTでは、基底核ドパミンの取り込みが低下していた。医師が次に取るべき行動として、最もふさわしくないものは次のうちどれか。

  1. 検査データを改ざんした後、患者に対して、大きな異常はないと伝える。
  2. 検査データを改ざんした後、患者に対して、脳以外の身体疾患であると伝えて偽薬を処方する。
  3. 患者に対して、レビー小体型認知症の疑いがあり職務遂行は不可能なので、辞職するべきだと伝える。
  4. 患者を離席させ、部下に対して内密に、レビー小体型認知症の疑いがあると伝える。
  5. 懇意にしている神経内科医へ内密に、患者の病状について相談する。

 

人格変化を引き起こす病気

 

人格を変化させる病気としては、以下が挙げられるようです*1。加えて、統合失調症双極性障害などの精神疾患も当然考えられますが、そちらでは身体症状はあまり目立たないですし、若年で発症することが多いので、今回の事例ではやや当てはめにくいかもしれません。

脳の病気

  1. 認知症
  2. 髄膜炎脳炎HIV脳症などの脳感染症
  3. 脳腫瘍
  4. 頭部外傷
  5. 脳卒中
  6. 多発性硬化症
  7. けいれん性疾患
  8. パーキンソン病

脳以外の病気で、脳にも影響が出るもの

  1. 腎不全
  2. 肝不全
  3. 低血糖
  4. 全身性エリテマトーデス
  5. 甲状腺疾患(バセドー病、橋本病など)

 

思っていた以上に色々ありますね。このうち、2~5は原因がはっきりしていて、症状の進行が数日から数ヶ月と急激です。6は脳や脊髄のいたるところに病変が起こり、今回の事例でありえなくもないのですが、比較的若い女性に多い病気のようです。7はてんかんが代表例ですが、これは症状が発作的に出て、身体の動きがかなり特徴的なものが多いです。また、9~13の脳以外の病気は原因となる臓器の症状がメインであり、他にわかりやすい特徴があるでしょう。

というわけで、残る1の認知症と8のパーキンソン病を確認することとします。実際、ニュースで取りあげられていたのもこの2つでした。

以降の記載は、日本神経学会の診療ガイドラインを概ね参考とします*2。深く突っ込んだら時間がいくらあっても足りないので、超コンパクトに。興味を持たれた方は、ぜひご自身でお調べください。

 

認知症

認知症とは以下のようなポイントを満たすものを指します。高齢者に多く発症し、日本では65歳以上の1/6 ~ 1/5(約600万人)が認知症になると言われています。すごい数ですね。

  • 記憶や学習、言語、遂行能力などの認知機能に有意な低下がみられる
  • 認知機能の低下によって、毎日の生活を自立して行うことができない
    • 例えば、買い物をする、薬を正しく飲む、服を着るなど
  • せん妄ではない
    • せん妄:突然発症し、意識消失を伴い、最長でも数週間程度で回復する
  • 精神疾患ではない

認知症の中でも種類が色々ありますが、(1)アルツハイマー認知症、(2)レビー小体型認知症、(3)前頭側頭型認知症(Pick病)、(4)脳血管性認知症が特に重要なものとして挙げられ、(1)~(3)は脳神経の変性による萎縮が、(4)は脳梗塞脳出血などの血管の障害が原因となります。

いずれにせよ認知症を疑いましたら、まずは認知機能の評価試験(長谷川式、MMSEが代表的)を行い、血液検査や画像検査などによって絞り込んでいくことになるでしょう。

各分類の具体的な内容に関しては、以下の表に簡潔にまとめました。

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パーキンソン病

パーキンソン病とは以下の4徴を中心とする運動機能の症状を示す病気です。高齢者に多くみられ(100人に1人程度の割合)、日本の罹患者は20万人弱と言われています。こちらも今後さらに患者数は増えていくことでしょう。

  • 安静時振戦:止まっているときに手足が震える
  • 筋固縮:他の人が患者の手足を動かそうとしても、筋肉の抵抗が強くて難しい
  • 無動・寡動:動きが遅くなるほか、細かい動作も難しくなり、動き出しにくく(すくみ足)、止まりにくくなります(突進)
  • 姿勢反射障害:バランスが悪くなり、転びやすくなる

それ以外にもうつ症状や認知機能低下、幻覚など精神疾患のような症状もみられることがありますし、自律神経症状(便秘、発汗、疲れやすさなど)も出るようです。また、レビー小体型認知症と同様に、睡眠中の異常行動がみられます。

パーキンソン病の原因は中脳の黒質というところのドパミン神経細胞が減少することであると言われていますが、なぜ減るかについては今のところ不明です。

CTやMRIでは特に目立つ結果は得られませんが、病理検査で中脳にレビー小体がみられます。これが先述のレビー小体型認知症と症状が似通っている理由であると思われます。

治療は例えば以下の薬などの投与によりますが、完治までには至らないようです。

 

感想

なるほど、渦中の大統領が特にレビー小体型認知症パーキンソン病を疑われているのも納得といったところです。

衆愚と多数決のあわせ技で機能不全に陥っている日本の政治体制をみていると、優れた独裁者の統治も悪くないのではないかと思ったりもしていましたが、ここまで人格変化を起こしうる病気の頻度が高いとなると、独裁国家でトップがご乱心になる恐ろしさに比べたら遥かにマシですね。

 

脳疾患と意思決定

 

戦争などという極端な例にはとどまらず、高齢化著しい日本にとっても人格が変化する病気は後々大きな問題になる可能性があります。

もちろん、日本では選挙システムは広く開かれており、発言は基本的に自由なので、国のトップが暴走し始めても抑止力があるでしょう。それよりも例えば、ワンマン社長の中小企業で正常な意思決定ができず、企業がぶっ飛ぶことなどはありえそうですね。社長の家族や他の経営陣がきちんと連携し、後継者をはっきり決めておくなり、素早く裁判所に成年後見人・保佐人・補助人を指定してもらうなりできれば良いのですが、うまくいかずに本人も周囲の人々も不幸になる事例が今後目立つようになってくるかもしれません。ちなみに、社長の平均年齢は今や60歳を超えているようですし、後継者不足の問題も深刻化しています*3

というわけで、認知症パーキンソン病などのよくある疾患を早めに発見すべく、高齢者には全員もれなく定期的に認知機能に関する検査を行い、結果が一定水準以下だった場合には、政治家や経営者などの重要な意思決定をする立場に就くことを制限する法律でも立てたらいかがでしょうか。まあそんな法案を提出するインセンティブが政治家にあるとも思えませんので、実現の見込みはなさそうですが…

 

クイズ回答

 

【問1】

正解は(d)。部下の話から認知症パーキンソン病などの脳神経疾患をまず疑います。これらの疾患では睡眠障害(a)がしばしばみられます。発症からの経過は長いものの、最近の性格の変化に統合失調症などの精神疾患(b)の合併や薬の副作用(c)が関与している可能性は必ずしも否定できませんので、幻覚の有無や服薬歴を確認してこれらと鑑別するのが好ましいでしょう。アルコール(e)も脳を障害して人格変化を引き起こすことがあるので、こちらも有効です。ただ、喫煙(d)は血管障害を引き起こしうるものの、上記の脳疾患と直接的に結びつくわけではありません。

 

【問2】

正解は(d)。歩幅が小さくなり、すくみ足になるのパーキンソン病の4徴の一つである、無動・寡動を示唆します。それ以外には筋固縮(b)、安静時振戦(c)、姿勢反射障害(e)がみられます。また、無動・寡動の症状の一つとして、小字症(a)もしばしばみられます。一方で、パーキンソン病では表情の変化が乏しくなるため(仮面状顔貌)、(d)は誤りです。

 

【問3】

正解は(c)。検査からレビー小体型認知症を疑った後の対応ですが、この患者の社会的地位の高さを考えますと、医学的・倫理的に正しいと思われることでも、不用意に行ってしまうと自らの身に危険が及ぶ場合があります。他の選択肢も長期的には身の破滅に繋がりえますが、現時点で最も行ってはならないものはどれかと言われれば(c)ですね。空気を読みましょう。

もちろん不適切な問題です。そもそも、大半の国からここまで批判されてもなおぶっとび理論振りかざして継続しているのですから、この戦争が本人だけの意向であるとは考えにくいですし、今回作ったクイズみたいな状況にはならないでしょう。