④「逃げ癖」の診断

「逃げ癖と研究室不登校」シリーズ第4回。初めての方は第1回からどうぞ。逃げ癖を拗らせすぎるとうつ病に至りかねず、その場合は精神科にお世話になる場合もあります。今回はその精神科診療について簡単に調べました。

 

「逃げ癖」に対する精神科のアプローチ

 

第2回で紹介した精神科医による新書*1が逃げ癖について一般向けにまとめているので、今回取り上げた内容についてもっと知りたい方はこちらをお読みください。

そもそも逃げ癖が病気であるかどうかについては議論を呼ぶところですが、精神疾患としてあえて診断するのであれば、「回避性パーソナリティ障害」となるのではないかと思います(臨床現場で精神科医が記述する診断書では「適応障害」が使い勝手が良いので、よりポピュラーかもしれません)。精神科の診断において最も基本となるガイドラインDSM-5』によると、回避性パーソナリティ障害の診断は以下のように下されます。第3回で研究に向かない人の特徴をまとめましたが、それを如実に表していることがお分かりいただけるのではないでしょうか。

社会的抑制、不全感、および否定的評価に対する過敏性の広範な様式で、成人期早期までに始まり、種々の状況で明らかになる。以下のうち4つ(またはそれ以上)によって示される。

  1. 批判、非難、または拒絶に対する恐怖のために、重要な対人接触のある職業的活動を避ける。
  2. 好かれていると確信できなければ、人と関係をもちたがらない。
  3. 恥をかかされる、または嘲笑されることを恐れるために、親密な関係の中でも遠慮を示す。
  4. 社会的な状況では、批判される、または拒絶されることに心がとらわれている。
  5. 不全感のために、新しい対人関係状況で抑制が起こる。
  6. 自分は社会的に不適切である、人間として長所がない、または他の人より劣っていると思っている。
  7. 恥ずかしいことになるかもしれないという理由で、個人的な危険をおかすこと、または何か新しい活動にとりかかることに、異常なほど引っ込み思案である。

引用:日本精神神経学会監修 高橋三郎・大野裕監訳(2014)『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル』医学書

 

精神科診断の有効性について

 

さて、この診断基準について、皆さんはいかが感じたでしょうか?私は非常に主観的であり、本当にきちんと診断が下せるのだろうかと疑問に感じました。

逃げ癖をきちんと治すのであれば、まずは多数の患者(特に思春期)を診て熟練した精神科医に見ていただく必要があるでしょう。そして、逃げ癖のような性格に起因する問題は、薬物療法抗うつ薬抗不安薬などでしょうか)だけで解決するとは到底考えにくく、心理カウンセリングや行動療法などを受ける場合もあり、とにかく解決まで時間がかかることが予想されます。なんなら解決されない例の方が多いのかもしれません。

また、受診に至るまでにも問題があります。うつ病発達障害などの明確な精神症状が出る場合や、不登校に至る分かりやすい原因がある場合(イジメなど)とは異なり、逃げ癖単体では周囲から理解されることはまずなく、甘えだとみなされがちです。特に高校生以下の場合はまず家族に相談しなければなりませんし、小馬鹿にされるのが火を見るよりも明らかなので諦めたという方もおられるのではないでしょうか。実際、私はそうでした。

そうはいっても何もしないのも嫌なので、専門家にかからずに気軽にできるWeb上の性格診断テストを試してみたという方もなかにはいらっしゃるかも知れません。私も以前試してみたことがあります。皆さんはその内容と結果についてどう感じましたか?個人的には、その時の気分やテストに関する事前知識・先入観によってどの様にも回答を調整できるので、ほとんど役に立たないのではないかと感じました。自分が病気だと思っていたら何となくそれっぽい選択肢を選んでしまいますよね。

そもそも論として、精神科受診に至るまで困った状況になった時点でほぼ「負け」ですね。自らの逃げ癖の程度をあらかじめ知っておき、詰む状況にまで至りやすい環境を事前に回避すべきではないでしょうか。その方が私達が関わってしまったがために迷惑を被る人も減らせますし。

 

「逃げ癖」診断の今後の展望

 

新型うつ病*2」なるうつ病かどうか判断しにくいものが話題にあがるなど、精神科の診断と診療は他の診療科と比べるとはっきりと定まるものではなく、まだまだ現実には困難な状況にあるのだと思います。もちろん、精神医学の先生方も手をこまねいているわけではないでしょう。精神医学研究のトレンドの一つに各疾患の背景要因(遺伝子変異など)をAIによって網羅的に探索するものがあるなど、最先端の科学技術を活用した進歩が今後期待されるところです。

ただし、私達が特に気になっている「回避性パーソナリティ障害」を対象とした最先端の研究は、あまりニーズがないのか、調べた限りでは見つかりませんでした(もしかしたら既に開始しているかもしれませんが)。況んや「研究室不登校」をやです。リスクの数値化などなされているはずもありません。したがって、逃げ癖のある学生が進路を見誤ってしまう不幸は、今後も当面の間、あらゆる大学で生じ続けることが予想されます

 

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